Shiori Pharmacy, 私のこと

自立

皆さん、こんばんは!
土曜日の夜、いかがお過ごしでしょうか?

(何度見てもお猿さんが可愛い…♡)


9/15 14時〜16時にあるお話会のお座席
まだまだあります♡
お時間ある方お待ちしております〜♡
場所は天文館スタバのビルの4階です!
ふふふ♡
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私事なのですが、先日
29歳の誕生日を迎えました!
おめでとー!自分!
とても素敵なケーキをお願いしました♡
くふふ!ペロリでしたわ…


以前からブログに書きたいなぁ…と
思っていたことについて書こうと思います。
それは、「自立」について。



皆さんはご家族との関係は
良好ですか?
自分の気持ちをぶつけることなく
お互いを個として尊重できていますか?
そして何より、自分自身を生きていて
自分のことを愛していますか?



私はその昔、これが全く
できませんでした。家族との関係は
見た目は良さそうに見えてボロボロ
言いたいことも言うことができず
本当に窮屈でした。
私の母はお仕事で上司なのですが
激しい喧嘩を何回も繰り返して
薬の瓶を投げてやりたくなるほど
頭にきていました。



どうして?
どうしてお母さんは私の気持ちを
わかってくれないわけ?
わからないわけ?
どうして?
どうしてお父さんは私の気持ちを
わかってくれないわけ?
わからないわけ?
おまえら!!小さい頃に
どれだけのことを私にしてきたか
わかってるのか!!


母や父のことが許せず、
憎くて憎くて。
そして多分そんな自分を一番
赦せてなかったと思います。


去年のちょうど今頃からですかね。
夏頃から本格的に自分の中の
家族の本当の問題と
向き合わなければいけないことが
多くなりました。

いま考えると
まるでこの時を待っていたかのように。
必然的に家族とのことについて
考えないといけないことが
増えていきました。
コーチの理恵さんとの
セッションも
そのことについて
お話することが多かった気がします。



皆さん、コミュニケーションって
取ることはできますか?
ちなみに私はまっっっっったく
取れない人でした。
自分のことがわからず
他人の気持ちもわからず
社会に出てからのルールや決まり事。
他者と会話をするということ、
自分の気持ちを話すということ、
他者との摩擦が起きた時に
気持ちの折り合いの付け方。
何もできませんでした。

これらは私たちはどこで
学ぶのでしょうか?
いつ学んできたのでしょうか?
そうです。「家族」の中で学んでいきます。
この世に誕生して、
「家族」は一番はじめに赤ちゃんが出くわす
社会の場。その家族の中で
コミュニケーションを学びます。

「私、0歳の時に教わりました!」という方
いらっしゃったらぜひメールをください。笑
その時の記憶が残っていたら私が知りたい。笑


それぐらい、
自然に学んでいくことなのです。
私はこれらのことを全く学ばずに大人になりました。
というより、親から教わらなかったのだと思います。
私が幼い頃に怒りの感情を出すと
それを抑えつけるように怒られていました。
そんな空気感がある中で育ちました。
両親と「本当の私」で会話をした記憶が
ありません。


そんな子が、大人になって社会性が
身についているはずがないのです。
理不尽なことやトラブルがあった時に
どういう風にしたらいいのか、
自分の感情をどんな風に扱ったらいいのか
まったくわからないのです。
私は大人になってからとても困惑しました。

大人になってからわかったのですが
むかし私は母と同じようなコミュニケーションの
取り方をしていたんだなぁ…
ということ気づきました。

「〜なことがあってね。嫌な気持ちになったんだ。」
と言うと母は
「そんなこともあるよねー!
私もさ、〜なことがあってね!(以下、自分の話が続く)」

と言う会話をするのですが。
私はあまりこのような会話は好きではないです。
相手の話を聞かずにすぐに自分の話に
なってしまう。
私の話はどこに行った?って
いつも思います。

このようなことは「家族間の負の連鎖」
といって世代間で続いていることが
多いのです。
そして、受け継がれたものの
一番の末端は自分。
世代間での負の連鎖を終わらせるのは
「自分」なのです。


わからないのです。どれが正解か。
何をしたらいいのか。
私が何をすべきなのか。
自分の言葉で伝えることも
相手の意見を聴くことも
コミュニケーションを取る。
そんなことができないのです。
私は人と会話ができない子でした。
本当に路頭に迷いました。
何かがおかしいことはわかっているのに
何が問題かわからないのです。
「正解」は教えられても
「自分はどうしたいのか」
ということがまるで感じられませんでした。
もうどう生きていったらいいのか
わからなかった。
孤独でこの世界に居場所なんてなくて。
寂しくて仕方ないくせに
素直じゃないから
「寂しい」の「さ」の字も
言えない。


「私」が「私」として生きていくこと。
それは目の前にシャボン玉があって
その色を教えてくださいと言われるのと
同じぐらい私には難しいことでした。


小さい頃から様々なことができずに怒られて
人と違う自分で怒られて。
成績が悪くて怒られて、
不登校になり怒られて。
私が大泣きしているのに
親は引っ張りながら
学校に連れて行こうとしました。
やっぱりダメだったね、と言われて。
私はいつの間にか
自分自身の中にある
光を失っていきました。
オトナの人たちが言う
暗黙の「常識」や「体裁」は
自分の内側にある
とてつもない光輝くパワーを
静かに、静かに、削いでいきます。

そんな中私がとても
ラッキーだったのは
若いうちにコミュニケーションの
プロであるコーチングの
コーチと出会えたことでした。
コーチと出会えたことによって、
私はみるみる「自分」を
取り戻しました。
自分の土台を整えた上で
他者とコミュニケーションを取るとは
どういうことなのか?
そして
ハートとハートの繋がり♡



コーチとの会話や
「りえずむ塾」という
グループでの学びを通して、
心で触れ合うことを
肌で感じることができました。
そしてコーチからは
賞賛や承認の
言葉の数々。
あれだけ何もできなかった子が、
親からは「親がいないと何もできない志織ちゃん」
のレッテルを貼られた子が
自信を持って社会で生きていくことが
できるようになりました。

生きる土台を学ばずに
「how to」だけをどうにか
しようとしても
必ずどこかでつまずきます。
傷ついた心の癒しもとても
大事なのですが、
癒したその先にも道が待っています。
そしてつまづくことも
学びなのですが
それでもどうしようもない時。
もしかしたらそれは、
原因は自分自身にあるのかも
しれません。


「自分に原因がある。」
つまりそれは「自分が悪い」
ということではなく
自分自身でいくらでも
変えていけることができる、
そしてあなたにはその力が
備わっているんだよ、ということ。


私みたいに
小さい頃に何も教わらなくても、
何も知らずに路頭に迷い
めちゃくちゃに生きてきても。
必ず自分の人生を取り戻すことはできます。
生まれ持った才能やセンスといったものは
とても煌びやかです。
けれども生きていく上で
培ったものは経験を伴っているので
それはそれはとんでもないパワーがあります。
生きる智慧は他人に与えられたものより
自分の力で手にしていったものの方が
何倍も価値があります。


そして。
本当に自分自身と
向き合うことができたら。
親だって完璧ではなかったのだ、と気づくはず。
子供を育てるということ。
親だって何も知らないまま
子供を授かり出産し
育てていくのです。
思うように上手くいかないことだって
山ほどあります。
毎日に精いっぱいで
余裕なんてなかったはず。



残念ながら、自分が欲しい愛情は
もう親からはもらえません。
どう足掻いてももらえないの。
だけど、自分自身の中の
愛に気づいて向き合って、
寂しいも悲しいも抱きしめて
愛を思い出すことはできる。
愛がない人なんて、いません。
忘れてるだけ。


愛は。
愛は、常に私たちとともにあるもの。
誰かから与えられる愛もいいけど
自分自身の中にある
本当の愛に、
気づけたらいいですよね。
あったかくて、ここちよくて。
たとえ、何があっても
傷つくことなんてない。
愛は、私たちが思っているよりも
とても大きなもの。普遍的なもの。
愛を忘れることさえも、愛の中にいる。



親と分かり合えないことは
決して悲しいことなんかじゃない。
親と分かり合えない、って
思ってる自分と
どれだけ仲直りができるか。
どれだけ、そんな自分に
気づいてあげられるか。
それだけなんじゃないのかなぁ…と
つくづく思います。
家族との距離は近いようで遠いですね♡
私の両親は
「いいお母さん」「いいお父さん」
じゃなかったように
私も「いい子供」じゃなかった。笑


私がよく読むブログに
在宅医療の上原暢子先生のブログ
「いっぺん死んでこい〜女医NOBUKO」
があるのですが
そこでのある記事に
「”子供は大切な友人のうちの一人として接しなさい”
と教わった。」みたいなことが書いてありました。
それを見たときに、私は雷に打たれたような
衝撃がありました。
本当にそうだ、と。
私の中では「子供」を「家族」に変換したのです。

今世、ご縁があって
家族として私は高城志織として
生まれました。
家族はチームだから。
困難なことがあったり、何かあったときに
チームで一緒に同じところを見て
同じ道を歩んでいく。
そんな大事な人たちに、
自分の気持ちを
ぶつけるなんて!
私はなんてことをしていたのだと。
自分の幼稚さに恥ずかしくなりました。
それからです。
自分を大事にしながら、
家族を尊重できるようになったのは。
家族だからって、
何でもしていいわけじゃない。
それに気づくことができました。

親の価値観から抜け出して
本当の自分で生きていけるようになったら。
今度は。
今度は、「自分の人生の責任は自分で取る」
ということが待っています。
そうです。自立が始まります。
それは厳しいながらも愛ある豊かな人生だと
気づくことができました。

(笑えるって幸せだぜー!きゃふー!)

ここに載せたのはほんの一例です♪
家族とのことは本当に様々なことが
たっくさん絡み合ってますね♪
私もまだまだ学びの途中です♪
んはー♡
今日は自分で書いてて自分が
癒されてしまった…(°▽°)♪






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